専業主婦と農家の嫁
専業主婦となった後、一時期旦那の実家で舅・姑と同居したことがあります。たった3年間だけですが、いろいろなことを学ぶことができました。今日は、その中から女性と仕事という今月のテーマに沿ったところをお話しします。
旦那の実家は、自分たちが食べる分だけの小さな田畑があります。なので、通常の仕事以外の時間は田畑での仕事があるという状況でした。農家というほど田畑があるわけではないのですが、それなりに農作業はありました。
当時、舅も姑も仕事をしていました。会社で働いているわけではなく、それぞれの仕事を抱えた個人事業主という形です。60歳は超えていましたが、まだまだ元気で現役だったので、毎日がとても忙しかったのです。
私はその中で、当然家事と子育てがありましたが、それだけでなく舅・姑の仕事の手伝いをしていました。外に出ていることが多い二人に代わっての電話番、業者とのやり取り、店番など、そんなに忙しいわけではありませんでしたが、毎日ポツポツとやることがありました。
その合間の農作業です。一日がアッという間に過ぎていきました。
そんな時、舅からこういったことを言われます。
「茶摘みをしないといけないから、畑に来てくれ」
と。
基本的に農作業を主にしているのは舅・姑で、私は忙しい時の手伝いでした。その日は姑が朝から出かけていたので、私は家事も含めて一切に朝から奮闘していた日でした。
そう言われた私は頭に疑問符が浮かんだまま、畑に行きました。茶摘みをしてから茶葉を干している頃、旦那が帰ってきたので、尋ねたのです。
「なぜ茶摘みに私が駆り出されたのか?」と。
そこで聞いた話は私にとってとても印象的でした。
「茶摘みは女の仕事だから」
良く聞いてみると、農作業には昔から決められた男の仕事、女の仕事があるそうです。
男の仕事は畑を耕したり草刈りをしたりといった力がいる仕事。女の仕事は種まきをしたり収穫をしたりといった力がそれほどいらない仕事。
これを聞いた時、何て合理的なんだろう、と思いました。
男女の違いは子を産むだけではなく、筋肉のつき方なども違います。筋肉の量の違いから、やはり力の大きさについては男女差があるのです。オリンピックだって、男女で成績が違う競技がたくさんあります。
農作業は太古の昔からある作業です。その作業は男女の体格の差のみから分業となっていることに、私は驚いたのです。
もちろん専業で農業をされているところは男性でも収穫作業を行う方も多いと思います。専業なので人手が足りず、男女で分ける余裕がないからだと考えています。
でも、基本的に昔からそう分けられていると聞いて、それまで男女間の差別ばかり見せつけられていた私に、差別ではなく区別となっていることに感動しました。
確かに農作業そのものは大変な重労働です。最初に入社した会社から比べると、汚れるし、きついし、大変な仕事です。でも、ひとりひとりが自分の仕事として責任を持って従事することができる、という点では、前の会社よりずいぶん先進的な気がするのです。
農作業は人手がいくらあっても足りないことが多いため、男女の体力の差で合理的な分業がなされているのだと思います。しかも、男性だから仕事ができる、ということではなく、農業で一番重要な種まきと収穫を女性が担うということです。
確かに畑を耕さなければ作物は育ちませんが、耕された畑に作物を植え、育て、収穫をするのが女性の役目なのです。重要な仕事ですし、責任を持たなければできない仕事です。すなわち、男性から女性はそれができると認められているのです。
お手伝い的な仕事をすれば良いから会議にも出なくてよい、と言った会社とは異なり、女性であろうと男性であろうと、仕事をその体格に応じて分け与えている農業の仕組みはすごいと思ったのです。
私が同居していた頃はまだ昔ながらの風習が残っていた時代でした。農村としての風習も男性・女性を区別はしていましたが、女性も農村にとってなくてはならない存在でした。
例えば、その地域のお祭り。
お祭りの主役である神様に直接対応するのは男性の役割であるけれど(すなわち、神社へのお参りや儀式そのものをすることです)、その裏で女性は女性同士で固まって宴をします。
そこにはいわゆる女子トーク花盛りです(笑)。女子トークの方が楽しくて、お祭りに参加しているような方もいるようです。私も何度かお祭りに参加しましたが、女子トークで賑やかで楽しかった思い出しか残っていません(苦笑)。
私は、農村のフェアネスなシステムはとても重要だと考えています。
私がいた場所とは異なる場所ではフェアではないところもあるかもしれませんが、今の会社という組織における男女の環境の差異を考えると、非常に着目するところがあるのではないかと考えています。
次回は、会社で働き始めた私が感じたことについてお話ししたいと思います。
今日は、この辺で。